 |
 |
戦後の日本を笑いで鼓舞し、庶民を勇気づけた日本が誇る希代の名優・森繁久彌。
昨年11月10日に亡くなった我らが大阪出身の名優を偲んで、
代表作2本上映と小説家・藤本義一さんのトークショーを開催します。 |
 |
 |
 |
 |
 |
『喜劇 駅前競馬』
1966年/東京映画/91分/配給:東宝
監督:佐伯幸三 脚本:藤本義一
出演:森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺、三木のり平、藤田まこと、淡島千景 |
 |
 |
 |
| ◆森繁・伴淳の名コンビによる名物シリーズ第17作。藤本義一が本シリーズで初めて脚本を担当し、競馬を題材に映画化。ホルモン料理屋の主人、競馬新聞社社長、風呂屋の主人はみんな競馬大好きオヤジ。共同でヨシツネヒカリなる馬の馬主になった3人組、さてレースの結果は? |
|
 |
 |
 |
 |
 |
『暖簾』
1958年/宝塚映画/123分/配給:東宝
監督:川島雄三 原作:山崎豊子 脚本:八住利雄、川島雄三 大阪弁指導:藤本義一
出演:森繁久彌、山田五十鈴、中村鴈治郎、浪花千栄子、乙羽信子 |
 |
 |
 |
| ◆山崎豊子のベストセラー小説を名匠・川島雄三が映画化。大阪の昆布問屋に拾われた主人公が、分けてもらったのれんを守り、父子2代にわたって戦災など多くの困難を乗り越えて生きる。森繁が父と子の二役で芸達者なところを見せる。 |
|
|
 |
 |
 |
| (C)松竹 |
 |
|
 |
『京都太秦物語』
2010年/立命館大学・松竹/90分/配給:松竹
監督:山田洋次、阿部勉 企画・原案:山田洋次 脚本:山田洋次、佐々江智明
出演:海老瀬はな、USA(EXILE)、田中壮太郎 |
 |
 |
 |
◆2007年から始まった立命館大学と松竹の産学連携による映像教育と人材育成の試みから待望の映画が完成。同大学客員教授の山田洋次監督が太秦の大映通り商店街を舞台に撮った現代のラブロマンス。
◆ クリーニング店の娘・京子(海老瀬はな)は大学の図書館勤務。幼なじみの康太(USA)は豆腐店の息子でアルバイトをしながらお笑い芸人を目指す日々。ある日、立命館大学で「白川文字学」を研究する大地(田中壮太郎)は図書館で京子に出会い、一目惚れしてしまう。 |
 |
 |
 |
 |
 |
| ★主演女優:海老瀬はなさん舞台挨拶あり |
|
|
 |
 |

(C)2008「大阪ハムレット」製作委員会 |
 |
『大阪ハムレット』
2008年/「大阪ハムレット」製作委員会/107分/配給:アートポート
監督:光石富士朗 原作:森下裕美 脚本:伊藤秀裕、江良至
出演:松坂慶子、岸部一徳、森田直幸、久野雅弘、大塚智哉、加藤夏希、間寛平 |
 |
 |
 |
◆大阪の下町で暮らす肝っ玉母ちゃん・房子(松坂慶子)のたくましい生きざまを描く。お父ちゃんの突然死によるショックが癒えない久保家に、お父ちゃんの弟と名乗る叔父さん(岸部一徳)が転がり込む。房子はすんなり受け入れるが、それぞれに問題を抱える3人の息子(森田直幸、久野雅弘、大塚智哉)はそうはいかない。不器用な5人の共同生活をユーモアたっぷりに描く。たくましい母親役を見事に演じた松坂慶子に拍手!
松坂慶子主演女優賞・岸部一徳助演男優賞受賞作 |
|
|
 |
 |
◆受賞者◆
(敬称略)
監 督 賞:木村大作
主演女優賞:松坂慶子
主演男優賞:笑福亭鶴瓶
助演女優賞:綾戸智恵
助演男優賞:岸部一徳
新人女優賞:川上未映子
新人男優賞:渡辺大知
脚 本 賞:西岡琢也
撮 影 賞:木村大作
音 楽 賞:大友良英
新人監督賞:横浜聡子
インディペンデント映画賞:飯田基晴 |
 |
 |
 |
| (授賞式出席予定ゲスト) |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
| 木村大作監督 |
|
松坂慶子さん
(C)2008「大阪ハムレット」製作委員会 |
|
笑福亭鶴瓶さん |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
| 岸部一徳さん |
|
渡辺大知さん
(C) 2009色即ぜねれいしょんズ |
|
西岡琢也さん |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
| 大友良英さん |
|
横浜聡子監督 |
|
飯田基晴監督 |
|
|
 |
 |

(C)映画「時をかける少女」製作委員会2010 |
 |
『時をかける少女』
2010年/「時をかける少女」製作委員会2010/122分/配給:スタイルジャム
監督:谷口正晃 原作:筒井康隆 脚本:菅野友恵
出演:仲里依紗、中尾明慶、安田成美、青木崇高、石橋杏奈 |
 |
 |
 |
| ◆筒井康隆のSF小説をもとにした、27年前の原田知世版の続編。高校卒業間近の芳山あかり(仲里依紗)は大学にも合格し、新たな生活に胸弾ませていた。だが、母・和子(安田成美)が交通事故に遭い、事態は一転。「過去に戻って、初恋の人・深町一夫に会わなくては」と懸命に訴えながら昏睡状態に陥った母の願いをかなえるために、和子が開発した薬で1972年4月にタイムリープ。だが、そこは目的の時期から2年も経った1974年だった。 |
|
|